大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

中野簡易裁判所 昭和40年(ハ)196号 判決

原告 山田愛子

右訴訟代理人弁護士 猪股喜蔵

被告 住山一博

主文

被告の原告に対する中野簡易裁判所昭和三八年(イ)第一五六号家屋明渡和解事件の和解調書に基づく強制執行を許さない。

訴訟費用は被告の負担とする。

本件につき当裁判所が昭和四〇年八月六日にした強制執行停止決定を認可する。

前項に限り、仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求め、その請求の原因として、

一、原、被告間に、被告を申立人、原告を相手方とする中野簡易裁判所昭和三八年(イ)第一五六号家屋明渡和解事件につき、昭和三八年九月四日即決和解が成立している。

右和解調書によれば、

(1)  被告所有の別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という)についての賃貸借契約を、昭和三八年七月一八日限り合意解除し、賃貸借契約の終了することを、相互に認諾する。

(2)  被告は原告に対して、昭和四〇年七月一七日まで右家屋の明渡を猶予する。

(3)  明渡に至るまでの使用損害金を定め、猶予期間中の無断転貸、無断模様替、増築等を禁じ、これらに違反したときは、明渡猶予期限の利益を失い、即時無条件に明渡をなすこと。

等記載されている。

二、しかしながら、右和解調書は賃貸借等の法律関係に疎い原告をして、民事訴訟法第三五六条第一項の争いがないのに和解をなしたもので無効であり、かつ、賃貸借契約と同時に契約を合意解除し、賃貸借の期間を定めるかわりに、これを明渡猶予期間として定め、右期間中に三回にわたり賃料の増額をなし、右賃料を損害金として支払を受けるもので、右は借家法第一条の二、第二条、第三条、同条の二及び第六条に照らし無効とすべきもので、本件和解調書は債務名義として執行力を有しないものである。

即ち、原告は昭和三三年六月六日田丸屋不動産の仲介により、本件建物の賃借を申入れ、同月一二日敷金一五万円を支払い、賃貸借の期間を三年、賃料一ヶ月八、〇〇〇円、毎月末日支払うことの約定で賃借し、被告は賃貸借契約の作成に代えて、中野簡易裁判所昭和三三年(イ)第一〇六号家屋明渡和解事件として、昭和三三年七月一九日即決和解をなした。右和解調書には、同年六月一三日限り賃貸借契約を合意解除し昭和三六年七月一八日まで、その明渡を猶予すること等であった。

ところが、昭和三六年七月一八日の右明渡猶予期限が到来すると、被告は契約の更新および敷金の追加差入れを要求し原告は敷金五〇、〇〇〇円を追加し、賃借名義人を原告とし同年七月一三日中野簡易裁判所昭和三六年(イ)第一〇五号家屋明渡和解事件として即決和解をなし、本件建物の賃貸借を昭和三六年七月一八日合意解除をなし、明渡猶予期限を昭和三八年七月一七日と定めた。

そして、右昭和三八年七月一七日の明渡猶予期限が到来したので、更に、前記同様の趣旨に基づき本件和解に及んだものである。

三、よって、右和解調書の執行力の排除を求めるため、本訴請求に及んだと述べ、被告の抗弁事実を否認し、

立証≪省略≫

被告は陳述したものとみなされる答弁書によると、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、その答弁として、本件和解をなしたこと、昭和三六年(イ)第一〇五号、同三三年(イ)第一〇六号の各家屋明渡和解事件の和解をなしたことは認める。その余の原告の主張事実は否認する。

被告は、本件和解は原告の承認を得てなしたものであり、被告において強制執行の意思がなく、原告の申入れにより、契約の更新をなしたものであるから、本件和解は有効である。

立証≪省略≫

理由

≪証拠省略≫によると、原告と被告との間には昭和三八年九月四日、当裁判所昭和三八年(イ)第一五六号家屋明渡和解事件の即決和解が成立し、和解条項第一項には、本件建物についての賃貸借契約は昭和三八年七月一八日限り合意解除し、同条項第二項には、本件建物の明渡期限を昭和四〇年七月一七日と定めている。

しかしながら、本件建物については、右当事者間において昭和三六年七月一三日当裁判所において昭和三六年(イ)第一〇五号家屋明渡和解事件として、同じく即決和解が成立し、和解条項第一項には、本件建物の賃貸借契約を昭和三六年七月一八日合意解除し、同第二項には、その明渡期限を昭和三八年七月一七日と定めている。

更に、これより先に、本件建物については、昭和三三年七月一九日、当裁判所昭和三三年(イ)第一〇六号家屋明渡和解事件として、同じく即決和解が成立し、和解条項第一項には、昭和三三年六月一三日に賃貸借契約を合意解除し、同第二項には、右和解成立の日から向う三ヶ年間家屋明渡の猶予をなしている。

これら前記の三和解調書によると、本件建物の賃貸借契約は昭和三三年六月一三日以降昭和三八年七月一八日まで、三回にわたり合意解除を連続し、その間賃貸借契約の存続がなく、ただ明渡の猶予期間のみ存在していることになるが、基本である賃貸借契約が第一回目の合意解除によって、賃貸借関係が消滅したに拘らず、第二回目、第三回目の合意解除はあり得ず、被告は賃貸借契約の更新に代えて、右連続合意解除の手段を講じて、明渡猶予期間の偽装をなしたことが明らかである。

さすれば、被告のなした本件和解は借家法第一条ノ二に規定する更新拒絶または第二条の法定更新の趣旨に反する賃貸借契約の合意解除をなしたもので、同法第六条の規定により、右合意解除契約はこれをなさざるものとみなすべく、従って、本件和解調書の和解条項第一項、第二項及びこれに関連する第五項は何れも無効と解すべきものである。

よって、原告のその余の主張について判断するまでもなく、本件和解調書による執行力の排除を求めることは理由があるので、これを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、強制執行停止決定の認可、その仮執行宣言について同法第五六〇条、第五四八条第一、二項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 成田彦政)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例